分子生物遺伝学研究領域 片山研究室

研究目的

H14年に文部科学省の行った調査では、全国の小・中学校において、教師が特別な配慮を必要とすると考える子どもの割合が通常クラスの中に6.3%存在することが明らかとなった。この数字は、40人クラスで3人程度当該児童・生徒が存在することになり、社会に大変衝撃を与えた。この特別な配慮を必要とする子ども達は、神経発達症(発達障がい)(自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症(LD)など)や、こどものうつ病などが疑われる子ども達で、この数年、増加の一途をたどっている。この調査を受けて、発達障害者支援法、特別支援教育が始まり、支援学校、支援学級に通う子ども達が年々増加してきた。それにもかかわらず、H24年度の全国調査で、上記通常学級に通っているが、配慮の必要な児童生徒の数は6.5%という結果であり、今までどおりの支援や教育方法では立ち行かなくなってきていることが明白である。

子どものこころの発達は、個々の遺伝的素因や、社会・経済的な環境や疾病等による後天的な要因が、複雑に相互作用することにより様々な表現型をとると考えられる。例えば、極小未熟児生存児にADHD やLDの発生が高いことや、虐待体験がある子どもでは神経発達症類似の症状を示すことが知られている。従って、こころの問題だけを子どもの身体や環境から切り離して考えることはできない。そこで子どもの特性のみならず、養育者の特性を理解した上で、子どもが生活する環境をも視野に入れた包括的・臨床心理学的データ解析を行うことが重要といえる。また、神経発達症特性を示す子どもたち、特にASDの子どもたちは、コミュニケーションに関与する多様な要因に障害があり、社会的な学びに困難を示し、それが彼らの社会適応を脅かし、人格形成を妨げるいわゆる二次障害等につながることも問題である。

一方で、このような神経発達症特性は、早期に気づき、早期に療育を開始すれば、本来の特性を損なうことなく自立し、社会で活躍できることが、海外の疫学的研究から明らかになってきている。そのためには、本人と家族に対しては療育を行い、周囲に対しては可視化による理解を促進するなど、社会インフラの整備も不可欠である。ところが、これら神経発達症特性(広くは精神疾患も含めてこころの障害)を客観的に診断、あるいは、特性を客観的に把握・知るための生物学的マーカーや科学的エビデンスがほとんど存在せず、現場を混乱させている。

我々研究科は、上記の現状を踏まえ、3つの観点から「子どものこころの発達と障害」に取り組んでいる。

すなわち、①神経発達症が何故起きるのか(本当に増加しているのかも含めて)ということを明らかにする取り組み、②神経発達症特性、精神疾患特性による生じる周りとの軋轢、生き難さをどのように軽減(場合によっては治療)していくのか、科学的根拠を持った有効な方法論の構築と予防を、そして③神経発達症特性や精神疾患を、どのように可視化してゆくのか、その方法について取り組んでいる。①については、内的な要因(遺伝子)と外的な要因(環境)について臨床的アプローチ(各種画像診断を含む)、分子生物学的アプローチ、薬理学的アプローチ、疫学統計学的アプローチなどが試みられている。②については、①の知見を生かした科学的エビデンスを踏まえた心理学的アプローチ、すなわち各種アセスメントを経た上での療育プログラムの選択、教材の選択、実行とその効果の検証などを目指している。③については、①の知見を利用した早期診断補助法(早期診断機器、早期診断マーカ等)、早期療育方法の開発を行っている。

我々の研究室では、主に、①の中でも疾患の原因を分子レベルで解明するための試みを行っている。他の器質的疾患と同様、精神疾患においても発症リスクにかかわる脆弱性因子が多数報告されるようになってきた。これら脆弱遺伝子の中には、ASD、ADHD、児童期統合失調症、 児童期気分障害などの主要な神経発達症や児童思春期の精神疾患脆弱性遺伝子と共通するものも含まれているため、これら遺伝子が脳とこころの発達に及ぼす影響を解剖学的、細胞生物学的な手法を中心に検討が進められている。具体的には、軸索起始部に特異的な細胞骨格(AIS)に着目した神経・精神疾患発症機構の解明、「神経における一次繊毛の役割」に特に注目した研究、細胞内分解系に着目した神経発達の研究、また、連合大学院浜松校で見つかった成果「PET研究において、ASD者でセロトニントランスポーター(SERT)密度が脳の広範な部位で低下している」ことを根拠に始めたSERT結合蛋白質の機能解析とASD発症メカニズムの解明・診断マーカーの開発に資する研究を行っている。

さらに、これらの基礎的研究から派生して、我々は、蛋白質の分解系(特にSUMO化)、メチル化(PRMT)、細胞内オルガネラの働き(小胞体ストレス、ミトコンドリアの分裂と癒合)などにも着目して、疾患の根本に迫りたいと考えている。

②③に関しては、関連自治体と密接に連携し、特に大阪府の発達障がい施策(特に乳幼児健診でのかおTV(Gazefinder)の活用促進(大阪府の複数自治体、兵庫県西宮市等)、大阪府池田市から委託を受け、池田つながりシートIkeda_’sの作成へのアドバイスなどを行っている。また、本研究科の成果を社会に還元するために作られた公益社団法人「子どもの発達科学研究所」が中心になって、浜松市、西宮市、吹田市等で、科学的根拠を踏まえた教育・福祉事業も行っている。

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