研究成果

小児期の逆境体験(幼少期の心の傷)が遺伝子レベルの変化を引き起こし、脳の発達に影響を及ぼす ― 予防と支援への新たな手がかり

2025-09-16

要旨
 福井大学と広島大学の共同研究チームは、司法解剖例・児童相談所の介入後間もない乳幼児・児童相談所の介入後で頭部MRI撮像を受けた思春期の子どもたちと、一般の子どもたちを対象に網羅的な遺伝子解析の比較をマイクロアレイという手法で行い、虐待やネグレクト(マルトリートメント、略してマルトリ)を経験した子どもに特徴的に見られる4つのDNAメチル化部位(CpG部位注1の違いを発見しました(図A)。また、胸腺重量比、認知機能測定、頭部MRI撮像による脳構造解析も同時に行い、感情や記憶、人との関わりを担う脳部位に違いを見つけ、それらは上述の網羅的な遺伝子解析で見つかった変化と関連することも明らかにしました(図B)。本研究で捉えた4つのDNAメチル化変化に基づく「メチル化リスクスコア(MRS)注2は、独立した外部データでもマルトリを経験した子どもを一定の精度(AUC=0.672)で判別可能であることが確認され、マルトリリスクの客観的評価に活用できる新たな生物指標として社会的・臨床的意義が期待されます。

〈用語解説〉
(注1)DNAは「A・T・G・C」という4つの文字(塩基)の並びでできています。このうち「C(シトシン)」と、そのすぐ後に「G(グアニン)」が並んでいる場所を「CpG部位」 と呼びます。CpG部位の「C(シトシン)」に、化学的な“しるし”=メチル基が付くことをDNAメチル化といいます。
このメチル化によって、その遺伝子を「使う」か「休ませる」かが調整されます。つまり、CpG部位は「遺伝子の使い方をコントロールする大事な場所」であり、子どもの発達や加齢、喫煙、生活習慣病をはじめとした様々な病気のリスクにも影響を与えることがわかってきています。

(注2)「メチル化リスクスコア(MRS)」とは、研究の結果、調べた対象の疾患等との関連性を持つことが、大規模なデータの中から統計的に示された、複数のDNAメチル化変化の係数を求め、それを組み合わせたモデルを構築し、それを外部データに当てはめた場合、その疾患の有無を一定の精度で判別することを目的とした指標です。この研究で構築したMRSを調べることで、マルトリを早期に予期し、予防につながる新しい指標です。独立した外部データでも検証されており、一定の精度でマルトリの有無を判別できたことが確認されています。将来的に支援のタイミング把握や福祉・医療現場での活用が期待されます。

図A: ATE1、SERPINB9P1、CHST11、FOXP1遺伝子における有意なCpGメチル化変化の検出
図B: 全脳灰白質容積の比較(VBM)とDNAメチル化:FOXP1・CHST11・ATE1遺伝子と脳の構造変化の関係

URL:https://kyodonewsprwire.jp/release/202510106914
本研究の成果は2025年9月16日に英国科学誌Nature系「Molecular Psychiatry(モレキュラー・サイキアトリー)」誌に掲載されました。
論文の出典情報
アブストラクトURL:URL:https://www.nature.com/articles/s41380-025-03236-1
DOI番号:10.1038/s41380-025-03236-1

〈著者〉
Nishitani S, Fujisawa TX, Takiguchi S, Yao A, Murata K, Hiraoka D, Mizuno Y, Ochiai K, Kawata NYS, Makita K, Saito D, Mizushima S, Suzuki S, Kurata S, Ishiuchi N, Taniyama D, Nakao N, Namera A, Okazawa H, Nagao M, Tomoda A.
西谷 正太  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命講師
藤澤 隆史  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 准教授
滝口 慎一郎 福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部 特命助教
矢尾 明子  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 学術研究
村田 和大  広島大学大学院医系科学研究科法医学研究室 助教
平岡 大樹  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命助教
水野 賀史  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 准教授
落合 恵子  大阪大学大学院連合小児発達研究科 博士後期課程大学院生
Natasha Kawata 福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命助教
牧田 快   福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命助教
齋藤 大輔  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命准教授
水島 栄   福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部 特命職員
鈴木 静香  大阪大学大学院連合小児発達研究科 博士後期課程大学院生
倉田 佐和  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 特命助教
石内 直樹  広島大学大学院医系科学研究科附属死因究明教育研究センター臨床法医学門 特任助教
谷山 大樹  広島大学大学院医系科学研究科分子病理学研究室 助教
中尾 直己  広島大学大学院医系科学研究科法医学研究室 博士課程大学院生(MD-PhDコース)
奈女良 昭  広島大学大学院医系科学研究科法医学研究室 教授
岡沢 秀彦  福井大学先進部門 高エネルギー医学研究センター 教授
長尾 正崇  広島大学大学院医系科学研究科法医学研究室 教授
友田 明美  福井大学先進部門子どものこころの発達研究センター 教授

Multi-epigenome-wide analyses and meta-analysis of child maltreatment in judicial autopsies and intervened children and adolescents, Molecular Psychiatry, 1-12, Sep 16 (2025).
https://doi.org/10.1038/s41380-025-03236-1